「医師のセカンドキャリアと
地域医療を支えるネットワーク」
スタートに寄せて

 国保葛巻病院(岩手県)院長 遠藤秀彦 国保葛巻病院(岩手県)
院長 遠藤秀彦
新型コロナウイルス感染症が全世界的に広がり、わが国でも非常事態宣言が出され行動自粛等が要請され国民一丸となった行動変容とワクチン、治療薬の開発が進み一日も早い収束を迎えることを願っている。新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の副座長、諮問委員会の委員長の立場で多忙を極める尾身茂先生が代表を務める認定NPO法人「全世代」が医師の地域偏在解消のための方策の一つとして「セカンドキャリア医師」の活用を提唱し、それに日医、日病、全自病、全自病協が賛同合意し「医師のセカンドキャリアと地域医療を支えるネットワーク」がこの度発足した。NPO全世代の理事の一人としてまた医師不足であえいでいる地域の勤務医の一人として心から喜び、その効果が地域に早く表れることを期待している。

 国保葛巻病院(岩手県)院長 遠藤秀彦 国保葛巻病院(岩手県)
院長 遠藤秀彦

現在私の勤める国保葛巻病院は岩手県の県北の山間(かつて日本のチベットと呼ばれた地域)にある小さな病院(一般28床、包括ケア病床14床、介護療養18床、医療人口約6000人)である。先頃、医師偏在指数による医師不足番付で全国最下位になった岩手県の中でもさらに医師の少ない地域だが、県庁所在地で医師の比較的多い盛岡市を含む盛岡保健医療圏に属するため葛巻町は医師過剰地域に含まれている。当院から盛岡市中心部まで車で90分かかり近隣の基幹病院までも1時間以上かかる地域性から究極のへき地(陸の孤島)ではないかと思っていたところ、県の特例で医師少数スポット地域(各県で指定できる)に認定されて正真正銘の医師不足地域となっている。

この地は私の生まれ故郷であり中学卒業まで過ごしたが、小学生時代から医師不足を肌で感じていたようで小学校卒業文集に将来は医師になって町に帰って医療に尽くしたいといったことが書いてあった。盛岡で高校生活を送ったあと自治医大の一期生として志(医療の谷間に火を灯す)を同じくする仲間と6年間過ごし、卒後岩手に帰ってから40年間は県立病院(岩手県は県立病院数が日本最多)に勤務しそのうち36年間は沿岸部や県北のいわゆるへき地と呼ばれる地域で働いた。県立病院退職後に子供の頃からの夢であった故郷の医療に従事することになり、現在に至っている。

2年前に私が赴任した時に驚いたのは、医師6名(常勤4、嘱託2)のうち5名がいわゆるセカンドキャリア医師だったことである。70歳の外科医は定年(町の規定により70歳)を迎えたことと体調を壊されたこともあり昨年退職したので現在4名となったセカンドキャリアの先生を簡単に紹介する。まず最年長70代後半の男性内科医(嘱託9年目)は学生時代から山登りが好きで開業を子供さんに引き継いだのを機に当地の山に魅せられて赴任し奥様とゆったりとした田舎暮らしを満喫し、時々山登りをし訪問診療に力を入れながら頑張っていただいている。次が69歳の女性内科医(常勤7年目)でお年寄りと話すのが大好きで当地を気に入り、町内の山の中に終の棲家を建て永住すると宣言して町長を喜ばせている。その次が私で67歳外科医(常勤3年目)、同級会を頻回に開いて昔を懐かしみながら楽しんでいる。さらにその次が65歳の男性外科医(嘱託5年目)で民家を借りて奥様と猫と暮らし、渓流釣りが趣味で病院のすぐ裏を流れる馬渕川でヤマメ、イワナ、アユ釣りを楽しんでいる。若手医師は37歳内科医(町の奨学生、常勤6年)だが義務をしっかりと履行してくれている(義務は本年7月で終了予定)。さらに今年度からは自治医大の義務年限内の医師が赴任して現在は6名体制だが8月からは4名体制になる予定だ。

以上のように当院には私を含めセカンドキャリア医師が4名働いており、毎朝医局では患者さんお話はもとより釣りの話、山の話、蝶々の話、山菜の話等々話題には事欠かない。若い先生方にはキャリア十分な先生方からの経験談(失敗談の方が多いが・・)が聞ける良い?機会となり、また我々には会話による認知症予防にも役立っているように思っている。

このように風光明媚な山川に囲まれた地域で医師としての仕事をしつつ趣味を生かしてゆったりとした時間を過ごし、さらに地域住民に感謝されて過ごすことは、医師のセカンドキャリアとしては幸せなことだと思う。しかし問題点もないわけではなく、年齢を重ねているということは何かしら持病を抱えながらというのが一般的で、あと何年健康で働けるのか、また辞めた後の補充はどうなるのかなどの不安はある。医師の地理的偏在、診療科偏在に関しては以前から問題提起されているが、2004年から始まった臨床研修制度で研修医が都会に集中し、新専門医制度でさらに拍車がかかり地方の研修指定病院は定員を満たせず地理的偏在の解消には程遠い実態がある。この偏在を縮小するには医師の計画的配置を国家レベルで行うことが必要であるとの自論を持っており、医師国家試験合格者数と臨床研修マッチング定員を限りなく一致させるだけでも地域偏在はかなりの部分で解消されると思う。さらに臨床研修に必須とされている地域医療研修の期間を5~6か月に延長し、都市部での研修は認めず医師不足地域での研修を義務化することでも多くの医師不足地域が助かると思われる。地理的偏在に関しては医療法改正もされたがまだまだ不十分で、国レベルで本気で取り掛からなければこれから先何十年も地域の医師不足は解消されないだろう。それまでの間一線を退いたセカンドキャリア医師が医療の谷間を埋めるのが良い方法の一つだと思うが、方略は良くとも手上げをしてくれる医師が少なければこのネットワーク構想も絵に描いた餅になりかねない。人生100年時代を迎えるのだから定年退職後の5年、10年地域医療のために働いてみるのも悪くはないと思う。 地域ではこれまでの人生では経験したことのない素晴らしい出来事・人・自然・伝統文化に触れることができ、医師として人間としての充実感を味わえること間違いなし。多くのセカンドキャリア医師が長短、診療科にはこだわらず地域医療のため手上げしてくれることを心からお願いしたい。

最後に、このネットワーク立ち上げにご尽力いただいた多くの方々に感謝と敬意を捧げ、この取り組みが軌道に乗り医師不足の地域が一つでも解消されることと新型コロナウイルス感染症の一日でも早い終息を祈念してお祝いの寄稿とさせていただく。

令和2年4月22日 記

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